ふやけたコロッケ

そんなかんじのことです

ロマンチストな魚座

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喫煙者の友達に何度かタバコを勧められることがあったけど、「タバコを吸うなら男の影響」といつも断っていた。憧れのシチュエーションはと聞かれたら「賃貸の狭いベランダで夜風に吹かれながらタバコを貰う」なんて、自分のことサブカル漫画の主人公か何かと勘違いしてるようなことをよく言っていたもんで、変な引き寄せの法則が働いたのか、まさにそのシチュエーションから恋人関係が始まることになったのが三ヶ月前のこと。目の前は夜景ではなくて老人ホームの駐車場だったが。

相手はマッチングアプリで出会った近所の年下のフリーターで、フリーターといえど留学帰りでモラトリアム期間の終わりが確定しているフリーターではあったのだが、近所だからトントン拍子で会って三週間くらいで付き合うことになった。

はじめて会った時から喋りやすくて、というか彼がかなり人に合わせるのが上手かったのだと思う。でも私の人生に登場することのなかったタイプの人間で、多分同じ学校や同じ部活だったとして絶対恋仲にはならないような感じがして、正直すぐ別れるだろうなと思っててまさにちょうど3ヶ月経つ寸前に振られてしまった。会う約束をしてたクリスマスの3日前だった。

 

マチアプには「付き合うタイプのヤリモク」がのさばっているという。実際、彼がヤリモクだったのかどうかは判断がつかない。

ただ勿論彼は「それ目的ではない」と自分で言っていたし、本当に計画立ててそういうつもりではなかったと思うけど、「対価」というものについて、ずーっと意識はさせられていた。私ってニコニコできないし、お喋りも上手くないし、顔が可愛いわけでもなくて、何か一芸に秀でてるわけでもない、いうなれば「私の上位互換は死ぬほどいる」といった状況。

 

それで私は彼に何を提供できていたのかと考えると、特に何も提供できていなかったし、そりゃ終わって当然というか、私に何の覚悟もなかったことが分かっただけだったなと思う。

傷付くことばかり恐れて、本当に裏切られるのが怖くて、自分の心を守りすぎたような気がしてならないのだ。

でも仕事や生活を回すのに精一杯で、結局すべてを器用にやるなんてのは無理だったし、だからなのか、別れ話を告げられたとき心底ホッとした自分がいた。

 

周りは結婚するような人間もいる中で、本当は中高生のうちにやっておくべきような情緒を揺さぶられる恋愛をやっていた私ってなんなんだろうかと思わされるけども、少しだけ見える世界の解像度が変わるような、そんな体験だったと思う。

 

去年はマッチングアプリによって情緒が揺さぶられることが多くて、もう今年は一旦恋愛とかは置いといて、資格所得とか仕事とか、自分磨きに徹そうかなと逆に前向きになっている。

彼もおそらく本当に自分が大事にしたいものが何なのかハッキリとしていないモラトリアム青年だったし、お互い似たような動機で恋愛してたんだと思う。やはり人間、似たような精神性の人間同士が惹かれ合うと言いますし。そう思うと22歳の男と同じ精神性の私って大概ガキですね。

 

ただ仕事に一生追われるだけの生活の中で、生きる意味を思い出させてくれた彼には本当に幸せに生きてくれよと思います。同じ魚座の君。きっと彼の目にこの文章が目に留まることは一生ないと思うけど、ここに残しておくことで昇華させてください。

 

 

失恋後に観たロストイントランスレーションはあまりに染みた

 

諦めてると僕らは

 

日々仕事して、ご飯を食べて安全な場所で寝られるだけでそれ以上に求める必要なんて本当はないはずなのに、こんなにも生きることが苦しい。

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「こうなりたい」人間像と自分の生き方がそぐわないことに、25年経っても諦めがつかないから怖いもんである。

なぜだか自分は「最強に仕事ができて、コミュニケーションも活発にとれて、趣味も多くて私生活も充実してる人間」になれるわけもないのに憧れているのか、現実のままならなさに日々呆れるばっかりである。

 

この間、10年ぶりに会う小学校の時の友達と会って、「自分は中学くらいから歯車が狂ったような感覚で生きてる」って、10年ぶりに会う友達に話すようなことなのかってくらい暗い発言をしたりしてしまったけど、もうそもそも生まれた時点から歯車が狂い始めてたのかなとか思ったり

でもそれと同時に、べつに今は親と一緒に暮らしているわけでもなく、自分で選んだ仕事(まあ少なからず親の洗脳あっての職業選択ではあるけど)で自分で選んだ家に住んで、日々自分の選択で生きてるはずで、歯車を正常な方向に戻すのも自分次第ではあるのである。

 

それは自分を変えるということじゃなくて、「良い年して結婚してない女の人はおかしい」とか「手に職をつけてないといざという時生きていけない」とか、「友達が多くないとダメ」とかそういった、自分の人生にそぐわない目標を捨てるということから始めないと、きっと一生生きづらいのである。

 

もちろん、自分を変えようとする努力も大事だと思う。私は諦め癖がとんでもない。

「どうせ上手くいかんわ」という考えのもと過ごしてきて、「上手く行かせる」という気概がなにひとつないのである。

 

上手くいかせる、そのためには何ができるかって考えて実行しないと、僕の人生きっとどん詰まりなんだろう。

 

分かっていても苦しい。

それができなくて25年間のうち15年くらいは自分が嫌で仕方ないのだから。

 

ただもう30を目前にして(いうてあと5年あるが)、自分の人生に対してどれだけ正直に向き合ってきたか、たぶん30くらいになるとモロに出始めるもんじゃないかと思う。

 

もうこの5年でこの行き詰まり感に終止符を打てないなら正直、終わった方がいいかなとも思ってる。

こんなことあんまり言うもんじゃないことはわかってる。

でももう、何十年もこんな思いして生きていくのはしんどい。

 

という生理前の戯言

来月のクレカ支払い12万

一人暮らしを大学以来に始めることになった。今日、2月11日より。

二年前の今頃実家に戻ってきてからの、2度目の1人暮らしなので右も左もわからない状態ではないけど、不安は普通にある。働きながらの一人暮らしは初めてだし。

別に彼氏がいるわけでもなく、職場が破滅的に遠いわけでもない。でも「あ、一人暮らししよう」とニュートラム沿線のUR団地を見て漠然と思った去年の4月。そんな直感的なものから始まったので、「家出ていく必要あるんか」とは家族に言われ続けた。自分もこれはホンマに自分の人生に必要なことなのだろうか、と思っている。

家族もいつ元気じゃなくなるかは誰にも想像つかないし、そのことを思うと何よりも人生で大事なこと優先すべきことってなんなんだろうなと思うけど。
一応国試に集中するためという名目のもと、12月に合格証を受け取ることでこの一人暮らしを正当化させるしかない。


自分がやった方がいいと信じて選んだことに少しでも自信を持つようにしたい。

がんばりましょう

23才の夏休み

 

 

23歳の夏休みには九十九里浜に行って「23歳になっちまった」と叫んだりしてみたかったが、わずか五日の23歳の夏休みは、家で毎日横たわってるだけで終わってしまった。

 

8月は色々なことがあった、

 

1.職場で泣く

毎日21時過ぎまで残業してたらなんか"こっちからアクション起こさないと何も指導しない上司"(社会ってこうなんですか?)に腹立って、おまけに注意されてエンエン泣いた。

職場で泣いたことのある女性は7割くらいいると、なんかの記事で読んだことがあったので、ああ自分も仲間入りしたかと泣きながら冷静に考えていた。女は血と汗と涙を流して働いているんだ。そのことを悠然と朝電車の座席に座るダース詰めのオッサンを見たときにも思う。

(あのオッサンたちだって社会の歯車であり、女性専用車両があることの意味もわかるけど、生理1日目とかにあの光景を見ると流石にアーってなる時ある)

 

とにかく自分で抱え込みすぎないことが大事だとわかった。

 

2.製図を諦める、学科合格

7月に試験を受けて自己採点では合格か不合格か微妙だった二級建築士学科試験の結果が先週分かったが、去年1点足らずで落ちた無念も晴れて、今年は合格となった。

一年経つと流石に業務での知識もついてきてて、去年よりだいぶ理解しながら問題を解くことができたように思う。

 

ただ、7月から講義の始まった製図の方は全くで、お盆に巻き返すつもりが↑の仕事での疲れにより、完全に家で屍になってたら気付いたら5連休は終わっていた…

もうお盆を制せなかった社会人受験生は負け確定なんです。資格予備校も無事不登校になりました。舐めとんか

 

3.サマソニに行く

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本当にミーハーすぎるのだけど、NewJeans をこの目で一眼みたいという気持ちだけでとったチケットだったけど、結果的にまあこれのおかげで今年の夏は色のついた夏になった

 

ただクソ暑くて暑すぎて、500ミリペットボトル3-4本のんだから熱中症とまではいかなかったけどなんかずっと身体に熱が篭ってるような感じで、

おまけに1人で行ったもんだからずっとドキドキしっぱなしで、(サマソニ規模のフェスは今回が初めて)泊まる場所の最寄駅に着く頃にはなんか変な震えと動悸が止まらなくなって、ああー無茶しないほうがいいんかな、と思った。

 

まあでもNewJeans をこの目で見れた瞬間のあの高揚感はもう忘れられないよ。ああーっ存在するーーっえっ尊いーーーっえっヘリンさん顔が好きすぎるので推してたけどダニエルちゃんおしゃべりでかわいいーーーっとか色々思ってました。本当に日本語MC尊かった

なお現地着くのが遅すぎた結果、ラスト二曲しか見れず……( ;  ; )dittoはみたかったて(クソニワカ発言)

 

CorneliusとWet legは室内でゆったりじっくり見れたしよかった。

 

 

4.持病、再来?!

 

その熱中症まがいが根をひいたのかなんなのか分からないが、8月はなんか持病というか"たまに吠える飼い犬"くらいの不安症が芽を出して、

過換気になったり食欲がゼロになったり本当になんか久々にこんな調子悪くなった…。

そもそもサマソニ前から発作も出てたので、サマソニに行くかどうかも悩んだのだけど、これは難しいところだ。やりたいこととやらないでいたほうが身のためってことのバランスは。

 

会社にいるときにも屍と化す時間もでてきたりと、念のため総務の方にも相談はしたりした。

 

そういうことがあって、8月は結構迷子というか、なんか不安と現実逃避の中で溺れかけてるような日々で、少ししんどかったような気がする。

8/31は魚座の満月ということで、なんか調子悪かったのも全部引力のせいにして、明日からの9月はきっといい感じの日々が待ってるはずだと思いながら秋を待ちます。

 

 

 

33才こそ「そして33才さー!」と九十九里浜に叫びに行きたい

23才の夏休み

23才の夏休み

 

職業選択の自由

 

向いてる仕事、向いてない仕事というのは間違いなくあると思う。

私は臨機応変な対応が求められる仕事や体力の必要な仕事はできないと、この23年でなんとなくは実感した。

 

今の設計の仕事は、上司に守られてるうちは自分の判断でお客さん(発注者)に大きな損害を与えることはないし、聞けば色々教えてもらえるし、座り仕事だし、臨機応変にやっていくこともそこまで多くないので、最初は「接客のバイトより楽ー!!」とか思ってた。

 

しかし最近思うのは、この仕事を一生続けるのは無理かもしれない…と。

 

色々言われたりしたって私の直属の上司(女性)は配属初日から惚れ込んだほどにかっこよくてやさしくて、尊敬しているから、できる限りはついていきたいとは思いながらも、そもそも私ってこの仕事、向いてるのかなあって時々思うようになった。

 

むろん、2年目でそんなこと分かるのかっていう話ではある。わたしが見ているのなんて莫大な業務の一部だろうし。

 

なんで建築の仕事を選んだかいまいちど考えてみれば、母親から「手に職をつけなさい」と教え込まれ、技術士の父親を見てなんとなく、自分は絵を描くのも好きだし建築士なんて良いのかもしれないとか思って志した道。

ひとりぼっちで苦しんだり転部とか考えたりしつつも大学を4年間続けられたのは、好きっていう気持ちがないことはないんだと思う。

 

ただ、いまいちピンとこないというか、

もっと適職があるなら探したいと思ってしまうのは、逃げ癖標準搭載の私にとって必然的なこと。

 

でも多分そこじゃないんだと思う。この調子じゃどの仕事についても同じことで、何かしらで悩んで「いやこの仕事向いてないのでは」と思いながら転々としてしまう未来は見える。

 

そもそも実家暮らしで彼氏もいないわたしにとって、仕事というもの自体"しなくても死なない"ものであるというふうに思ってしまっている節があり、やはり一人暮らししてもっと自分を追いつめようという結論に至る。

 

意志あるところに道は開ける。

 

とりあえず3年。とりあえず3年。

 

 

脱・くすぶり宣言

 

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三ヶ月だけ付き合ってた、付き合ってたと呼べるかも微妙なレベルの人と、たまたま昨日顔を合わせる機会があった。2年ぶりだろうか。

 

なぜだか私は昼から美容院まで行って、髪まで巻いてもらって、おのぼりさんのような気持ちでその空間に向かったけど、私も彼もなんら変わってないということに、なんだか ああ、となってしまった。

 

わたしはなんかこの一年で進化したような気持ちになっていたけど、その実そんなことはなく、まだ気持ち悪い自分のままなんだってわかって、なんだか あああああ、と。

 

人はそんな簡単には変わらない。

 

ずっとずっと熟成してきた私の気持ち悪い部分は簡単には変わらない。

そういう気持ちになることも、前から目に見えていて、行かないという選択肢を取ることもできたけれど、なぜなのか私は希望を持ちすぎなのか馬鹿なのか、そういう場に足を運んでしまうねんなあ。

 

とにかく反省会をしている。

 

 

 

今日はあと1hちょっとしたら歯医者。

当たり前だけど、自分の怠惰で先延ばしにしたことは、その分自分で埋め合わせていかないといけないんだということを毎週歯医者で痛感している。

まだ23、なのかもう23、なのか分からないけど、私は23年中10年くらいは殆ど何も進化しない時期におかれていたので、それの埋め合わせも自分でしていかなければならない。

 

もちろん理不尽というのは誰にでも存在するわけで、皆少なからずそういう思いを抱えながら生きているのかもしれないけど。

 

精神科医YouTubeで「解決できないと思ってる問題は解決できますから自殺はよくない」って言っていたけど、それに対して誰かがコメントしていた「治るまで耐えるとか、待つのが一番辛いんだと思う」というのが いやほんとそれ、と思った。

 

「待ち」の時間なくして、成熟はできないとは思うけど焦ってしまう。

 

 

 

なんか色々うだうだ言いましたが、かわいくなりたいし根拠のある自信を持ちたいっていうだけの話。

23さいは、そういう年にしたい。

 

 

 

 

やればできる

と言われることが昔から多かった。

 

 

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それゆえ、頑張らないことだけを頑張ってきた私は、頑張ってその気になればなんでもできると思い込んでいた。

ただ、いわゆるセルフハンディキャッピングに隠れて見えなかった私の本質は、きっと大したことないのだろうなあ、と流石に22にもなると気付き始めるわけだ

 

自分はできるはずだと過信しているから

「大学で4年間も建築を学んできたはずなのにこんなことが分からないなんて、と上司に思われたらどうしよう」とか「二級も落ちてるし誰よりもこの会社で劣ってるんだろうな」とかとか、思ってしまうのだ

 

中学時代から成績は下の中くらいで(ここでも下の下とは言わない僅かなプライドを発揮する)、大学受験も偏差値37の現代文のみの入試すら落ちた私は、負けることには慣れてるはずなのに、俺はまだ本気出してないだけという思いに苛まれ続けている。

 

これをやめたい、と思う。

 

できないことがあって当たり前。知らないことがあって当たり前。それを恥ずかしがらないことが成長への近道だよ、と、同じように悩んでる後輩がいれば、したり顔で私も呟くとは思うのだけど。

 

なかなか難しいのです。

 

かといってかれこれ入社して8ヶ月程度経ち、今までずっとそういったことで悩んできたわけでもなく、日々わからないことがあれば質問するようにはしているけど、

時々ひょっこりとグラグラな自分が出現して、自尊心を一切傷つけたくないモードに入ることがある。

 

まあ女は月に何回か性格が変わるというし、そういうホルモンのバランス的なこともあるのだけど。

 

 

先週はなんかそういう感じだったので、自分を鼓舞するためにここに書き留めた次第。

 

「誰も自分に期待してない」とまで思ってしまったら頑張らなくなってしまうので

「自分の僅かな力でも力になってるはず」という少しの自信を日々持てたらいいなあ、と思う